体感型アフリカツアー

 その旅で知るのは、世界との関係の取り結び方

インパラの朝
 ──── ユーラシア・アフリカ大陸684日

中村安希 著 / 集英社文庫

あるIT企業のWebサイトに連載されたコラムを読んで、この作家さんに興味を持ちました。「世界のおもてなし」と題されたそのコラムは、世界各国を旅して出会った人との食事が登場。供される食事を通じて、日本だけでない「おもてなし」の心意気を紹介するというものでした。

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北インドのベジタブル・モモ、チュニジアのクスクス、ウガンダのマトケとジーナッツソース、そしてロヒンギャ族のインスタントコーヒーなんていう回もあります。淡々とした語り口で、読み進めるとじわっと訴えかけるものがあり、その場での著者の感情にシンクロできる気がしました。

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そして「インパラの朝」。この本はタイトルに惹かれて購入。副題にあるとおり、女性の著者が一人でユーラシア大陸を横断し、アフリカ大陸を巡り、幾多の国や人と出会った684日の旅を綴る本です。

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紀行文のようでしたが、 Webサイトによると著者はドキュメンタリー作家とのこと。しかも、この一作目で第7回開高健ドキュメンタリー賞を取ったそうです。いったいどんな本なのだろうと思いながら読み始めました。

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最初は中国から、そしてチベット、ネパール、マレーシア、中東を経てアフリカへ。しかし、旅したルートを逐一語るのではなく、印象的な体験が3〜4ページ程度で切り取られていきます。異国の地の情景や空気の匂い、我々が忘れてしまった時間の流れ、そこには、解き放たれた自由とその対価としての緊張感が感じられ、読み手のイメージはどんどん広がっていきました。

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それにしても著者は行く先々で様々な人と知り合いになります。話をし、食事をし、助け、助けられ、それはすごい人間力。ハードなルートを臆することなく進み、怪しげな企みにも会いますが、それすらも人間くさい営みであったりするわけで、まったく脱帽するしかありません。

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「バラ色のジャム」のエピソードでは、イランでバスに乗り合わせた大学生の家に温かく迎え入れられ、やたらと面倒見の良い街の人々に助けられ、イランという国の印象がガラッと変わります。私たちの常識がいかにメディアに影響され、偏っていることか。また、著者が訪れた国際支援の現場では、支援する国の事情とされる側の事情が不幸に絡み合っているが見て取れるようです。そして、西アフリカでは成功を収める地元ビジネスマンと「そうなれない方の地元人たち」の、いかんともしがたい違いにも遭遇します。著者の684日の旅は、日本で日常を過ごす我々にはどうにも手が届かない、世界のリアリティと知見で溢れているのでした。

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当初著者は、「アフリカへ行って貧困と向き合い、現地の惨状を確認し、世界に現状を知らしめて共感を得ようと計画していた」「アフリカの貧困を見極めて、貧困の撲滅を訴えて、慈愛に溢れる発想を誰かに示すはずだった」といいます。しかし実際には、「あてがはずれてしまった。なぜなら、予想していた貧困が思うように見つからなかったからだ。想像していたほど人々は不幸な顔をしていなかった」と述べています。

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「貧困」とは何でしょうか。我々が良く言う「助け合う」ということはどういうことなのでしょうか。「助け合うこと」の「勘所」はこの本の大切なテーマである気がします。それは、「この本は、世界との関係の取り結び方について書かれた本である」とあとがきで評されていることからもわかります。

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世界的に貧富の格差が深刻な問題となり、テロや紛争の危機が高まっている今、国や文化の違いを超えて人がうまくやっていく方法は、本当は案外シンプルなのだ。とこの本は教えてくれているのかもしれません。

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さて、タイトルの「インパラの朝」とは何のことなのか? 本文には2回登場するのですが、あっけないくらいあっさりとしか触れられません。直接的には何も語られていないと言ってもいいでしょう。しかし思い浮かぶ光景から、地球で生きる上で大切な「潔さ」のようなものが象徴されている気がしました。皆さんはどう思われるでしょうか。素っ気ないふりをしながら、後半へ進むにつれ本当に味わいが増していく本です。