体感型アフリカツアー

第2回:ダール/ダルエス・サラーム

 

機内での長旅の後、ダルエス・サラームに着き、熱帯アフリカの太陽を浴びた時、何故か不安はほぼ無くなっていた。協力隊で住んでいたことをはじめ、何度も何度も往復してきたダールは、ちょっとした地元みたいなものだ。何枚も着ていた服も脱いだ。VISA申請の書き込みのあたりから少しずつ元気が出てきたかもしれない。4人との会話も少しづつ増えていった。面倒な手続きを終え、無事に着いていた荷物をとって、外に出た時は、ほとんど能天気。地元タンザニア人ポイ自分だった。こういった気分と体調の急激な転換は以前にも何度か体験していた。それまで絶不調、不安の塊だった自分がナイロビ(ケニヤ)の飛行場の外に出た途端、一瞬にして不安は消え、なんだか元気で大丈夫な自分に変身するのだ。その一番のきっかけは、顔を撫でて吹くアフリカの風、そして何よりも口から吐き出されるスワヒリ語のリズムだ。日本語にはないラフで自由な発声、当然心身の気分も変わってくるのだ。(勝手な解釈ですが)そしてやっと他の若い4人とも地(ちょっとバカな)のコミュニケーションが生まれてくる。迎えのピーターの車に乗ってピーコックホテルに向かった。日曜日なので渋滞はなかった。チェックインの後、3階にある小さなプールサイドでお茶を飲みながら、ダールの海風を浴びた。夜は近くの中華レストラン〝HONGKONG〟で食事。みんなは初めて飲むタンザニアのビールをとてもおいしいといって飲んでいた。料理はどれもおいしく、とくに新鮮な野菜の炒めものは日本以上の味だった。昔のアフリカにある中華料理のイメージは全くない。使用する油の質はとくに悪かった。どの店も素材、味にしっかりとこだわっているような気がした。

 

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2016年2月に催行した「現場へ行こう」タンザニア・スタディツアーに関する大津氏の手記。このツアーでは、大津氏独自の現地コネクションと強い安全への意識のもとブルンジから多くの難民が押し寄せるニャルグス難民キャンプを訪問しました。アフリカに30年以上通い続ける大津氏が、ツアーの様子や裏話、旅に関する教訓などを記しています。そこには参加されるお客様への思いも・・・。(連載/全19回)。